前回の記事で、2010年頃がコンピューターの進化の曲がり角であり、その頃から性能が別次元に入ったことを見ました。
しかし、迂闊にも、わたしはその重要性を深く認識できていませんでした。
もっと言えば、わたしだけでなく、日本全体がちょっと違う方角を見ていた気がするのです。
むしろ、わたし(たち日本人)は、とても後ろ向きになっていました。
何故か?
いろいろな理由を指摘できますが、中でも東日本大震災の影響が大きかったと、わたしは考えています。
失われた幸せ取り戻すために、わたしたちは『進化』よりも『復興』を強く意識したからです。
さらに言えば、『原発』という、それまで目をそむけてきた問題にも対峙しなければなりませんでした。
つまり、コンピューターの進化が生み出す未来とは、まったく逆の方向に顔を向けていたわけです。
先の図は、そのことをわたしに気づかせてくれました。
なお、そんな時には『失われた10年』といった表現がされがちですが、わたしは『失われた』とは思いません。
間違った努力にも意味はあるからです。
あるいは、道に迷ったからこそ出会えるチャンスもあるでしょう。
気づいたところからがスタートです。
わたしの視界にNFTアートが入ってくるようになったのは、端的に顔の向きを変えたからでした。